理事 渡邉佳代
■自分の体と和解する
この数年、DV子どもプロジェクトでは、身体感覚にフォーカスしたアプローチやアートセラピーから学び、プログラムにもそのエッセンスを少しずつ取り入れてきた。
暴力のある環境で、体を小さく、硬く閉ざし、痛みや不快の感覚を断つことが、生き抜く術にならざるをえない状況に人が置かれ続けると、体を自分のものとして感じられなくなったり、様々な身体症状が現れたり、体の感覚を安心して感じるということが難しくなる。
ジュディス・ハーマンも、トラウマを受けた人は、自分の体の中にいると危険だと感じるようになり、自分の体を敵とみなすようになると指摘する。自分の体と和解し、自分の体を自分のものとして感じられるようになるまでに、どれほどの試行錯誤と時間が必要なのか。しかし、安全と感じる方法で自分に挑み、切り離さざるをえなかった自分の心と体からの信頼を取り戻そうと試みることは、まるごとの自分を慈しみ、受け入れていく今後のプロセスを支えるだろう。
■私たちの10年を通しての試行錯誤
数えてみると、この施設での派遣プログラムは2010年からスタートしたのでちょうど10年目になり、母子並行でのプログラムも2019年12月まで44回を実施した。大人はのべ240名あまり、子どもはのべ460名あまり、合わせて700名以上が参加してくださった。毎回、施設の心理士さん、保育士さん、支援員さんも入ってくださり、一緒にプログラムの運営を試行錯誤してくださってきた。その中で職員さんから、ここでのプログラムが、「安心して感覚をひらく、味わう」場になっていると言っていただいたことがある。皆で手探りをしながら手にしてきた実感だったので、感慨もひとしおだった。
■リラックスを強調しすぎない
施設に入所中の親子は、暴力のある元の生活から環境が変わったばかりの状況に慣れようと過覚醒になっていたり、暴力からの怪我を負っていたり、そもそも体の感覚をひらくこと自体が危険であることも少なくない。母親たちは子どもを抱えながら、これからの生活に向けてまだまだしんどい渦中で踏ん張らなくてはならないし、子どもたちだって、目まぐるしく変わる住環境の中で、安全か、安心かを見極めながら、小さな体で人間関係を切り開いていかなければならない。
そのため、プログラムの前提として、親子にリラックスや力を抜くことだけを強調しすぎないようにしなければならない。しんどい最中を生き抜くには、ある程度の力みや緊張が必要であることも、プログラムの中で親子と共有することが必要な場合もある。
■アロマハンドマッサージの場合
前回のニュースレターでも紹介したように、大人プログラムのアロマハンドマッサージでは、参加者に参加のあり方を任せている。「自分の心と身体に相談して、安心できる“心地よさ”を探っていくこと」を目的とし、参加者の自己コントロールを支える。
少しの警戒心を持ちながら、ちょうどいい居心地や、自分なりの収まりどころを探ってもらうのに、座る位置や椅子の座り方を試してもらう。浅く座ったり、深く座ったり、背もたれに寄りかかったほうがいいか、そうでないほうがいいか。呼吸にも意識を向け、鼻から息をしたほうがいいか、口からしたほうがいいか、様々に試してもらう(もちろん、試さないという選択も大切に扱う)。
■体の声に耳を傾け、選択することを支える
足の置きどころに意識を向けることを「地に足がつく」、すなわち、「今ここ」に意識を向けるグラウンディングというが、つま先立ちをしたり、かかとを立ててみたり、足の指をワシャワシャ縮めてみる…など試すと、つま先立ちのほうが安心するという方もいる。足の裏をべったり床につけるほうが安定感がありそうなものだが、よりしっかりしたグラウンディングを目指すというより、自分がそうしたら今は安心だということに「ただ気づいておく」ことを大切にする。
ペアでのハンドマッサージに入る前にも、体の感覚に少しずつ慣れるよう、まずは自分の体にタッチしてみる。指の腹でポンポンとタッピングするのがいいのか、バタバタと手のひらでたたくようにするのがいいのか、ギュッギュッと体の輪郭をなぞるようにするのがいいのか、強さや速さ、リズムも時間をかけて試してみて、どれが今の自分に「悪くないか」「ちょうどいい具合か」を選んでもらう。どんなささやかなことでも、参加者が自らの安心を支えようと選択したものを尊重する。それはハーマンの言う、力とコントロールの感覚を取り戻し、自分の体との新たな関係を構築する体験にもつながる。
■ゆっくり、ちょっとずつ、やさしく…
彼女たちの多くは、ペースが速い。時々、ファシリテーターが「今は慣れない生活で踏ん張らないといけないから、強く速いリズムのほうが安心かもしれませんね。でも、ゆっくり、ちょっとずつ、やさしく…のほうが、冷静に対処することができたり、より踏ん張りがきいたり、対応可能で大丈夫と思える幅が広がることがありますよ」「もし、これから生活が落ち着いてきたときに、ゆっくり、ちょっとずつ、やさしく…は、誰かの力になるかもしれないですね」など、スローダウンを提案してみることもある。
それでも、何が適正で最良なのかを知っているのは、その人自身である。最終的に何を選ぶかはその人のものだが、自分なりのペースやリズムに気づくことや、呼吸や動作を様々に試すことができるということが大切なのである。
■感覚をひらく
自分なりの安心の感覚を保ちながら、様々な動きとリズム、体の感覚を試していると、感情やイメージが湧き上がることがある。体の感覚がひらく瞬間だ。お母さんにとんとんされるイメージ、寝なかった赤ちゃんの背中をさすっていた記憶、大丈夫…大丈夫…と自分を抱きしめているような感じ…が湧き上がり、ポーズや動作が自然に表れる。
両手をクロスして左右の二の腕をさするという、自分を抱きしめるような動作は、自己へのいたわり、労い、慈愛が表れていることが多い。ファシリテーターはそのポーズをする人が安心してその感覚を味わえるよう、意図的に同じ動作をすることがあるが、不思議とメンバーの何人かが意識せずに同じ動作をすることがある。人と人のつながりと、身体レベルでの共鳴を感じる瞬間であり、体感を伴った共感は、その場に感動的でパワフルな体験をもたらすように感じる。
■自分や他者と同調する
互いに向き合い、肌を触れ合わせるタッチを行うため、ペアでマッサージをする場合は、互いに安心な距離や向き合い方、目の置きどころなどを探る時間を丁寧に持つ。初めのタッチは特に重要であり、「生まれたての赤ちゃんの頭をやさしくなでるように」など、安全なタッチについて伝える。
境界線の問題を懸念されることがあるが、自らの安心の感覚を探り、そのための試行錯誤が支えられると、マッサージのリズミカルな動作と相互作用は、ベッセル・ヴァン・デア・コークの言う、同調の感覚と共同参加の喜びを育む強力なツールになると感じている。呼吸、動作、体温、リズムが共鳴しあい、一体化された調和がつながりや愛着を育み、安全に他者と同調するという体験になるのである。
■生まれてきたやさしさと思いやり
自分の体と和解するには、体の声に耳を傾け、色々試しながら、自分をやさしくケアし、自分に対して思いやり深くあることを「選択」することが必要である。それは、今までに馴染みのない新たな行動様式にチャレンジするということかもしれない。ささやかなことでも、それを大切に扱い、支える場でありたい。
終わりに、「子どもにもしてあげたい」という声が上がったり、互いに晴れ晴れとした表情でお礼を伝えあったり、保育士さんから「子どものお迎えに来たお母さんの表情が柔らかくなっていた」と聞くと、彼女たちが、丁寧にやさしさと思いやりを選び取り、それを他者にも向けようとしていること、試行錯誤しながら、肯定的な触れ合いの体験を作り上げようとしてきたことに、改めて胸を打たれる。90分のプログラムであるが、そこで彼女たちが選び取り、他者とともに成し遂げてきたことは、とてつもなく大きなものだと感じている。
【2019年6月~12月の活動】
DV子どもプロジェクトには、13名の会員が登録し、2ヶ所のDVシェルターにて派遣プログラムを実施しています。この間、団体では6,8,10,12月の計4回実施し、子どもはのべ12名が参加しました。施設では10,11月の計2回実施し、子どもは8名、おとなは6名が参加しました。
(ニュースレター58号/2020年1月)