団士郎理事「父子旅」
13. ミッドタウン・サウスミッドタウン・サウスと呼ばれるあたりにエンパイア・ステートビルはあって、筋向かいはメイシーズ百貨店。そしてその一筋向こうはマディソン・スクエアー・ガーデンである。始めて訪れたN.Y.なのに、街のあちこちに名前を知ってる建物がある。映画「34番街の奇跡」はメイシーズ百貨店が舞台だし、エンパイア・ステートビルは、ご存じ初代キングコングが、てっぺんに掴まって飛行機とバトルしたところだ。マディソン・スクエアー・ガーデンは、「GODZILA」が隠れて多数の卵を孵そうとした場所である。気づかないうちに私たちは、世界のどの街よりもN.Y.のことを、断片的ではあるが知っていた。 しかし一方、N.Y.に来て数日が過ぎたにもかかわらず、私はまだニューヨーカーなる人種とやりとりをしていない。以前、長男とバンコクを旅したときは、いろんな人が話しかけてきて、怪しい人もいたが面白かった。だがN.Y.ではそんな気配は全くない。観光と買い物程度の気分で歩いていると、だれも何もはたらきかけてこない。都会的なさらっとした感覚は、スムーズのような、物足りないような気分である。東南アジアの街が、細い道のいりくんだマーケットを散策する気分に似ているとしたら、N.Y.は東京ディズニーランドを歩く気分である。次々と有名な建物や観光スポットが現れるが、人間は登場しない。「ニューヨーク」という祭りをやっているのだと考えたら、そこに暮らす人たちと観光客は全く別で当然なのだろう。 (ニュースレター25号/2008年11月)
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