団士郎理事「父子旅」
18. NYのタイタニック映画「タイタニック」は知らない人がないほどの世界的大ヒットになった。しかしこの旅をしていた時期にはまだ公開されていなかった。1997年12月公開だから、この旅はもう12年も前だ。 映画好きの人しか知らない話だが、あの作品は製作途上では大混乱していた。金がかかりすぎたのである。監督のJ.キャメロンとプロデューサーは何度も決裂寸前のぶつかリ合いをしている。それがゴシップ紙にデカデカと報道され、日本の映画雑誌にも掲載された。製作中の映画の話題がこのトラブルと、ディカプリオがなぜアクション監督のパニック映画などに出演するのだろう・・ そんな調子だった。 後年、発売された本「ジェームス・キャメロンのタイタニック」は映画製作過程を詳細に書いた優れたルポルタージュである。 この第一章は、沈没しているタイタニック号を撮影をするため、ロシアの深海探査船の協力を求めて、監督自身が旧ソヴィエトの公的機関を訪れるところから始まる。日本の「深海」号と同じモノだそうで、世界に二隻しかない。そして次章ではコダック社に、深海の水圧に耐えて、操作性の優れたカメラの開発を依頼する。 出来上がった映画を見て、口先でいろいろ言うのはたやすい。しかし未だない何ものかを作り出すのは、並大抵の事ではない。大ヒットすることで報われたところもあるだろうが、プロセスを想像するとそのエネルギーに感服する。 (ニュースレター30号/2010年2月)
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