団士郎理事「父子旅」
22. 満足か、満腹かビフテキという言葉には時代を感じさせる懐かしい匂いがある。私の両親の世代はそう呼んで、普段は食べないご馳走の代名詞として暮らしていた。和食メニューではすき焼きがそれに近いだろう。どちらも牛肉がポイントである。高価、豪華、めったに食べるものではない。メニューの中ではシード権を得ていたものだった。 しかし一人で食事する人が多くなり、多人数で鍋をつつく機会の減った現代人には、すき焼きはことさらシード・メニューではなくなったようだ。 そしてビフテキもまた、そうなってしまっている。ステーキという呼び名が一般的になって、ランチタイムにサイコロステーキ、コーヒー付きなんてメニューを見ると、ほんの三、四十年のことなのにすっかり様変わりだなと思う。 日本に来た多くのアメリカ人がステーキを食べて、その旨さと量の少なさに驚くという。逆にわれわれ日本人は、アメリカでその量の多さと、味の大雑把さにあきれる。でも考えてみると、日本人がアメリカでステーキを食べて、そのデリカシーのなさを笑うなんて・・、こんな時代がくるとは夢にも思わなかった。 私の子ども時代は牛乳がいつも冷蔵庫に入っていたアメリカのTVドラマのキッチンは、いつか届く日が来るとは思いもしない憧れだった。 何もかもが、短い間にどんどん変わってゆく。満腹はしたが、満足はしていなかった私の贅沢さは、他のいろんな部分にも現れているはずだが、自覚できていない。 (ニュースレター34号/2011年2月)
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