甲南大学文学部教授 羽下大信
学校が春休みの時期、昼下がり。僕は、各駅停車の電車に乗っていました。電車が駅に着きドアが開いて、7・8歳くらいの男の子と母親が乗ってきました。中はガラガラに空いているのに、その男の子は、なぜだか僕のすぐ側に来てシートに上がり、窓の外を見るポーズになりました。僕は、ちょっと、オヤッと思いましたが、それ以上は気にも留めませんでした。母親がすぐに靴を脱がせ(僕はちょっとホッとしました)、はみ出した上着をズボンの中に押し込んでやりながら、ややウンザリといった口調で小言(これは死語ですかね)を言い始めました。電車に乗り込むまでの間にも、ふたりの間には何かやり取りがあったようで、その続きといった様子でした。
「あんた、お母さんの言うこと聞かないで、勝手なことして遊んでるでしょう!」‥「幼稚園の時もそうだったしー!」母親はたたみかけます。「1年生の時も、○○ちゃんと、どっか、お母さんの知らないとこに行ってたし!」。男の子は、動き出した電車の外をボーッと見ているようで、特に反応はありません。僕もボーッとしているフリをしながら、でも、事態の急迫にドキドキしてきました。母親は、自分の言ったことに、これといった反応をしない息子にじれたのか、ここでトドメのフレーズを繰り出します。「お母さんの言うこと、聞いとかないと、ロクなことないわよ」。母親の口調は強いものというよりは、むしろ、幾分くどいな、と感じさせるくらいのものでした。息子君の反応はありません。事態のすぐ横にいる僕としては、「どうなるんだろう」と気をもみつつ、でも、しらんぷり、でも、つき合うしかありません。
少しの沈黙が流れた後、彼はつぶやくように、でも、サラリと言いました。「ロクなこと、あるよ」。僕は思わず、「オオッ!」と言いそうになりました。母子の間には、一瞬、空白が流れた気がしました。息子君は少しの間をおいて、更にこう続けました。「ロクなことって、楽しいことだよ」。
僕はもう、のけぞりそうでした。この子は、「ロクなこと」の定義までしてくれ、十分に母親を押し返している。たいしたもんだ。いや、参った。しかし、母親はどうでるんだろう。それとなく様子をうかがっていると、彼女は口の中でなにかもぞもぞと言っていましたが、ビシーッと決めて、息子を叩きつぶす、ということはしませんでした。僕が側にいるところで、それをやる訳には行かなかったのでしょうか。あるいは、本来、そこまではしない、ほどよい対人感覚を持った人なのでしょうか。
しかし、自分にとって、間違いなく形勢不利の親子バトルを、他人のすぐ側で展開することを選んだのは、この息子君。そして、僕はたまたま選ばれた、その相手ということになります。予測される場面で、こんなふうにより安全な場を作り出す彼の力はたいしたもの。そして、この立会人のスタンスは、そこに起きた事実を見届け、どちらかの味方をせず、内容については口を出さないこと、役目が終わったら、その旨を告げ、サッサと立ち去ること、でしょうか。一連の事態の終息のころ、僕の降車駅が近づいてきました。僕は、彼にちょっと目くばせをして、電車を降りました。
(ニュースレター第4号/2003年8月)