理事・中村 正(立命館大学教員)
南オーストラリア州の州都はアデレード。シドニーから飛行機で2時間程度のところだ。世界各地で関心を持たれているナラティブ・セラピーの本拠地、ダルウィチセンターはそこにある。
シドニー大学での一年間の在外研究の機会を利用して、整然としたその美しい街に何度か通い、ナラティブ・セラピーの研修を受けた。「ナラティブの実践・導入」(2月)、「暴力が原因で離婚することになった男性と協働するナラティブの考え方」(5月)、「ナラティブの実践・応用」(9月)と題した各2日間の研修である。
ナラティブ・セラピーの基礎が理解できるように15名程度の参加者相互でロールプレイを繰り返す。個人開業をしているカウンセラー、スクールカウンセラー、先住民の援助を行うコミュニティワーカー、保護観察所のカウンセラー、障害者の自立をサポートする相談員、若者のための相談員、DVや虐待の被害者や加害者と協働するカウンセラーなど多様な職域で対人援助の実践に関わるプロたちの研修という感じの場所である。自分の事例を想定しながら、ナラティブ・セラピーの基礎と応用を学ぶ。あわせて、「第6回国際ナラティブ・セラピー&コミュニティワーク会議(メキシコ・オアハカ市)」にも2週間かけて参加した。
ナラティブ・セラピーは、カウンセラーも当事者も答を知らないことを探る会話をおこない、協働して新しい物語(意味の体系)を構築する過程としてカウンセリングを位置づけている。ナラティブ・セラピーでは「旅をする」
マイケル・ホワイトらナラティブ・セラピーを開発してきた面々との出会いはとても印象的なものだった。ニュージーランドに住むデイビッド・エプストンが是非、オークランドに来るように誘ってくれた。彼はアノレキシア・ネルボーザ(神経性無食欲症・青年期やせ症)と闘う会を組織している。
「悪魔くん」などとその問題を名付け、外在化し、別の物語を引き出すための協働構築的なコミュニケーションを行うことで有名だ。手紙を利用したり、グループワークを用いたりしながらの相談が展開される。その姿勢は徹底した非医療的、非臨床的、非権力的な姿勢にある。
ナラティブ・セラピーは、援助する者とされる者、専門家とクライエント、援助者のもつコントロール志向(相手を変えようとする)、決定論的なアイデンティティ論などを厳しく排除する。オーストラリアとニュージーランドでナラティブ・セラピーが生成した現場(トポス)を体感することができた。
今や、オーストラリアでカウンセラーをする際にはナラティブ・セラピーの技法を有していることという求人条件がつくぐらいだ。その手法は確かであり、援助の場面も広がっており、学びたいと思う人が世界各地にいる。そこからずいぶんといろんなことを吸収した。
さて、問題は日本の現実である。何をしようかと思案中である。
(ニュースレター9号/2004年11月)