監事・宮地光子(弁護士)
男女賃金差別訴訟にかかわって10年以上になる。先日、その中のひとつである住友金属訴訟で、大阪地裁は総額約6300万円の支払いを企業に命ずる、原告ら勝訴の判決を言い渡した。原告の最年長の北川清子さんは、すでに5年前に定年退職、他の3名の女性も勤続30年から36年のベテラン社員である。
今回の住友金属事件で、判決が賠償を命じた女性と男性との賃金差額は、年額にして25万円~85万円という控えめな数字である。しかし提訴の10年前である昭和61年から平成16年までの18年間の差額の賠償を命じているので、差額賃金の総額は、最も少ない原告でも約887万円、最も多い原告で1415万円(但し退職金差額を含む)になり、これに慰謝料や弁護士費用を加算すると、原告ひとりあたりの賠償額は、約1137万円から1885万円という高額になった。
しかし賃金は、単にお金の問題だけにとどまらず、人生そのものを左右する。「たかが賃金されど賃金」だと、男女賃金差別事件を担当していると痛感させられる。
住友金属事件の一審において、均等法施行後に高校を卒業して住友金属に入社した若い女性が証言台にたった。仕事は男性の補助業務と位置づけられていた。忙しい男性に代わって、男性の担当していた仕事をやるようになっても、男性とは違って教育・研修の機会もなく苦労の連続であった。そして男性の繁忙が解消されれば、男性の仕事は男性のもとに引き上げられ、再び補助業務のみになった。入社一年目の賃金の手取りは10万円に満たなかった。まわりを見回してみても、女性の管理職は一人もいなかった。
彼女が入社前に思い描いた職業生活は「働く中で、経済的自立と人間的成長が達成される」ということであった。しかしそのいずれもが望むべくもないことを悟るのに、時間はかからなかった。
職場の若い女性たちを襲う失望の念には、共通のものがあった。しかしその失望に対して、それぞれがとった対応には違いがあった。さっさと会社に見切りをつけて、転職・留学するというのが、ひとつの選択肢。しかしそのチャンスをつかめない女性の中には「仕事で自分の能力を発揮する」という考えを捨てて、「仕事は結婚・出産まで」と割り切って勤務する人と、そうでない人がいた。もっとも大きな葛藤を抱えていたのは、後者の割り切ることのできない人たちであった。ある人は、ストレスで過食になり、その後拒食症になり異常にやせていった。ある人は、評価されたいという気持ちを、お金の獲得にすり替えて、ネズミ講にはまっていった。彼女自身も、出勤すると倦怠感と気分の悪さに襲われ、会社にいることすら苦痛になって入社4年目で退職した。
賃金は、まさに労働者の職場のなかでの位置づけを象徴するものであり、人格評価そのものである。だから賃金差別は人格差別でもある。そして経済的自立を果たしえない女性の中から、DV被害者が生み出されていく。
まさに「たかが賃金されど賃金」―まだまだ女の低賃金に歯軋りする毎日が続きそうである。
(ニュースレター11号/2005年5月)