理事 宮地光子
エッセイという肩の凝らない記事を依頼されても、仕事にまつわることからしか書き起こせない自分が情けない。これでも2年前までは、夕食時には、必死に家に帰って、子どもにご飯を食べさせ、また事務所に戻る(この程度が私のワークライフバランス)という生活をしていたのだけれど、そのひとり息子も巣立ってしまった今、長時間労働の夫と妻の世帯では、ワークライフバランスの内圧も働かない。
弁護士会では、男女共同参画推進本部が設置されて、会員のワークライフバランス実現のために、さまざまな取り組みを行っている。今年の推進本部長代行には、川下清弁護士が就任された。今日の男女共同参画推進本部のMLには、川下弁護士の素敵なご挨拶がアップされていた。「私自身、つい先日まで、弁護士として、いい仕事をするために、家庭を全く顧みなかった人間です。それが、一人娘を得て、ワークライフバランスを考え直したと申しますか、宗旨替えをしました。妻は、人間は変わることができる、ということの生きた標本です。これには到底及びませんが、こういう人間が頭を掻きながら、ワークライフバランスを考え直しましょうとアピールすることに意義があるのかもしれません。そう考えると、私でも役に立つかもしれない、と考え直してお引き受けする決意を致しました。」と。生きた標本の妻とは、かの有名な大平光代弁護士のことである。
うーん、子育てを卒業してしまった私は、どうすればいいのか。しかし逃げていてはだめだ。何が私のワークライフバランスを阻害しているのかを、分析することから始めよう。
1,DV夫とDVの本質を理解しない裁判官
私の依頼者を苦しめるDV夫たちは、平気で嘘をつく。「暴力は、妻の方こそ先に振るってきた」「妻の暴言にこそ、自分は苦しめられてきた」と言う。この嘘をあばくのに、弁護士が費やす膨大なエネルギー。そしてこの嘘を見抜けず、酷い判決を出す男性裁判官。そして「この程度の暴力は夫婦喧嘩の域を出ない」と言って、保護命令の申立てを却下した女性裁判官もいましたね。この事件の抗告のために、私のささやかな夏休みも消えてしまった。
2,お金で図ってしまう報酬
弁護士の報酬は、相手方から勝ち取った経済的価値を基準にして、その何パーセントかで決めていく。言うまでもなく、お金の世界なのだ。かくして、お金には換算できないけれど、価値を生み出す仕事が、なかなか評価されない。依頼者が、夫から慰謝料や財産分与を得れば、報酬をもらいやすいが、DV夫から逃れられただけだと、なかなかそうはいかない。民事法律扶助の報酬基準も同じだ。でも考えてみれば、暴力から逃れるというお金にかえられない価値を実現したはずなのに。
かくしてお金にならない事件は、お金以外のことに価値を置く弁護士に集中することになり、その弁護士は、ワークライフバランスから益々遠のいていく。私のワークライフバランスの実現ためには、正義が実現できる司法と、お金に換算できない価値を、まっとうな報酬で評価してくれる社会が必要なのだ。しかしこの社会変革にエネルギーを費やすとすると、ますますワークライフバランスが遠のいていくという矛盾・・・・・・。なんだ、分析の結果は、私のワークライフバランスへの道のりは、遠く険しいとうことが明らかになっただけ?
(ニュースレター31号/2010年5月)