大阪樟蔭女子大学 石川義之
2006年から2007年にかけて、本NPO理事の窪田容子さんたちとご一緒に、関西圏及びその周辺の大学・専門学校6校の在学生973名を対象にして、身体的虐待被害の実態調査を実施した。有効回答数は405票、有効回答率は41.6%であった。以下、この調査のデータ分析をとおして見えてきた被害の実態について概観し、若干の考察を加えてみたい。
1.身体的虐待の実態のあらまし
表1 身体的虐待の種別発生順位
被害の種類 | あり | なし |
平手でたたく、こぶしで殴る 戸外に締め出す 物でたたいたり、物を投げつけたりする つねったりする 蹴ったりする 突き飛ばしたり、投げ落としたりする 生命に危険を感じるような危害を与える |
50.1% 43.0% 17.8% 14.4% 9.7% 5.7% 0.7% |
49.9% 57.0% 82.2% 85.6% 90.3% 94.3% 99.3% |
調査では、7の被害項目について、被害経験の有無を尋ねたが、その結果は表1に示すとおりである。
「平手でたたく、こぶしで殴る」が「被害経験あり」の比率が最も高く50.1%、以下、「戸外に締め出す」43.0%、「物でたたいたり、物を投げつけたりする」17.8%、「つねったりする」14.4%、「蹴ったりする」9.7%、「突き飛ばしたり、投げ落としたりする」5.7%、「生命に危険を感じるような危害を与える」0.7%、となっている。
これらの被害項目のうちどの種別でも1つでも受けたことのある「身体的虐待被害経験あり」は63.7%、どれもまったく受けたことがない「身体的虐待被害経験なし」36.3%であった。つまり、身体的虐待の被害化率は6割を超える。身体的虐待全体の発生時期については、「小学校低学年」が最も多く44.3%、以下「小学校高学年」21.0%、「小学校入学以前」17.2%とつづく。12歳までに被害を受けている者が被害経験者の82.5%を占める。身体的虐待全体の主な加害者については、「母親」が最も多く53.6%、以下「父親」33.1%、「母親も父親も」10.2%とつづく。
被害経験「あり」の者に対して「最も傷ついた被害経験」を1つ選んでもらい、それについていくつかの質問をした。①最も傷ついた経験として選択された比率:選択比の最も高かったのは「その他(上述の7項目以外の被害経験)」59.4%、以下「生命に危険を感じるような危害を与える」33.3%、「平手でたたく、こぶしで殴る」31.0%、「戸外に締め出す」30.5%。②経験時の両親の就業状況:「共働き」48.5%、「母親は専業主婦」48.1%。③経験の相手:「実母」54.0%、「実父」33.5%、「複数の養育者(母親も父親も)」8.5%。④経験の継続期間:「1年未満」59.6%、「1年~5年未満」30.3%。⑤経験時の対処法:「積極的対応」30.4%、「消極的対応」30.1%、「無対応」31.9%。⑥話したり相談した経験:「親族へ相談」31.5%、「インフォーマルな相手へ相談」24.6%、「フォーマルな相手へ相談」2.6%。⑦経験時の動揺の程度:「動揺した」75.1%、「動揺しなかった」24.9%。⑧これまでの人生に対する影響の程度:「影響を及ぼした」33.3%、「影響を及ぼさなかった」66.7%。⑨経験時にして欲しかった対応:「対応不要」62.0%、「対応要望」30.0%。
2.考察
以上の調査結果の概要を踏まえて若干のコメントを試みる。
①身体的虐待被害のすそ野の広さ:本調査の結果によると、発生率が最も高いのは「平手でたたく、こぶしで殴る」で回答者の50.1%がその被害を受けている(表1)。この程度のことを虐待というの?という疑問はあるであろうが、虐待はいきなり重度の高い行為から始まるのではなく、この程度の行為から出発することが多く、虐待の初期状態と見なすのが妥当である。あるいは、児童相談所で処遇されるような重度の高い虐待被害のすそ野に拡がる潜在的虐待と位置づけることも可能である。この程度のものと見過ごす姿勢が、やがては深刻度の高い虐待行為へと進行し、あるいは顕在化する地盤となることも考えられる。この段階あるいは状態においてくい止めることが子ども虐待の防止の観点からみて重要なことである。そして、本調査の結果に見られるように、この段階あるいは状態を含めた虐待被害のすそ野は広い。
②低年齢時における虐待被害の多さ:すでに指摘したように、身体的虐待被害の時期については、12歳までに被害を受けている者が82.5%にのぼる。まさに、子どもの難しさ→愛着の不安定さ→子どもの難しさの増幅→子ども虐待→子の反発→虐待の増幅というパターンが子ども虐待という形で噴出し激しさを増すのがこの12歳頃までの時期であり、低年齢期に虐待被害が多い理由の1つはこのことに負っていると思われる。より根本的には、低年齢児にとって親は絶対的な権力を持つ存在であり、抵抗するすべのない子どもは虐待の犠牲者になりやすいという事情が働いていることが考えられる。いずれにせよ、低年齢時に身体的虐待被害が集中していることに着目すべきである。
③虐待者に占める母親特に「専業主婦の母親」の比率の高さ:本調査では、「母親」「実母」の虐待者に占める割合が高く、5割を超えている。とりわけ「専業主婦の母親」が虐待に走りがちである。本調査においては、虐待家族における両親の就業状況は、「共働き」48.5%、「母親は専業主婦」48.1%で両者拮抗しているが、回答者全体における「母親は専業主婦」の割合は27.3%にすぎないので、「専業主婦の母親」が虐待の加害者となる比率は相当高率であるといえる。戦後民主主義教育を受けた女性の高揚した自分意識と、「孤立した子育て状況」の中で四六時中子どもと向き合う閉塞感との相剋が、専業主婦の母親を虐待へと走らせる危険性を高めているように思える。母親特に「専業主婦の母親」に対する子育て支援の重要性を本調査結果も示唆している。
④身体的虐待のもたらす影響:被害経験時における「動揺の程度」を短期的影響、「これまでの人生に対する影響の程度」を長期的影響と見なせば、短期的影響のある者75.1%、長期的影響のみられる者33.3%となる。統計解析の結果、短期的影響と長期的影響とは相関する、長期的影響は「その他の不快な傷ついた経験」において強い、「実父」からの虐待よりも「実母」からの虐待において長期的影響が大きい、虐待被害の継続期間が長くなるほど長期的影響の度合いは高くなる、などが明らかとなった。以上から、長期的影響は、短期的影響と相関し、被害時の動揺が大きいほど長期的影響も大きい、被害項目とも有意に関連し、「その他の不快あるいは傷ついた経験」で影響が大きい、また「実母」で影響が大きく、被害の継続期間が長いほど影響は大きい、ということが分かった。端的に言えば、「実母」から「その他の虐待」を「長期間」受けた場合、「被害時の動揺」を介して、「長期的影響感」が被害者に高まる、という構図になるであろう。このことを念頭において虐待被害への対応を図る必要がある。
⑤身体的虐待への対応:被害経験時に被害者は周囲にどのような対応を求めているのであろうか。本調査データでは、「特に対応の必要はなかった」と「誰かが介入すればかえって悪化しそうなので、誰にも何もして欲しくなかった」とを併せた「対応不要」が62.0%を占め、「周囲の人に気づいてもらい声をかけて欲しかった」「周囲の人に気づいてもらい話を聞いて欲しかった」「周囲の人に、親の行為をやめさせて欲しかった」「周囲の人に親と離れて暮らせるように介入して欲しかった」を併せた「対応要望」は30.0%にすぎなかった。しかし、このような「対応不要」のタテマエの裏に「本当は助けて欲しかった」という本音が透けて見える。被害者たちは、「助けて」と言えないながらも、ひそかにSOSを発して、他者が助けてくれることを待っている。われわれは、そのSOSをくみ取って、被害者本人が直接的に要望しているか否かにかかわらず、大胆に援助の手を差し伸べる「お節介な介入」を試みるべきだろう。このことこそが、虐待を未然に防ぎうる、あるいは虐待の拡大を防止するために不可欠のことではないだろうか。
本調査ですくい上げたのは、主として初期段階ないし潜在レベルの身体的虐待にすぎないかもしれないが、こうした段階ないしレベルの虐待に取り組むことこそ、より顕在的で深刻な虐待を防止する上で決定的に重要なことであることを、重ねて強調しておきたい。
参考文献:石川義之,2011,「身体的虐待被害の実態-大学生・専門学校生調査から-」『大阪樟蔭女子大学研究紀要』第1号,171-185。(必要な方には抜刷をお送りします。)
(ニュースレター35号/2011年5月)