理事 前村よう子
認知症が重度になり、一人暮らしが難しくなってからはグループホームで暮らしていた義母に、数ヶ月前から下血の症状が見受けられるようになった。グループホームからの連絡で、義姉が付き添っての病院通いが続いた。あらゆる病気を想定して検査が行われたが、検査結果からも下血の原因は分からなかった。原因不明であっても、下血は続く。日増しに貧血状態が酷くなっていく義母は、ここ数週間、とうとうご飯が食べられなくなってしまった。大好きなおかゆやうどんでさえ、口に含むことは出来ても、飲み込むことができないのだ。どうやら貧血が進みすぎて、飲み込むチカラを失ってしまったらしい。
「このままだと衰弱される一方です。病院での入院、または医療の整った老人保健施設へ移られることをお薦めします」とグループホームの責任者から宣告された。グループホームは、ある程度自分のことができる認知症の高齢者が家庭的な暮らしをする場でもあるので、寝たきりで点滴がなければ栄養を取ることができない義母は、転居せざるを得ない。
ケアマネージャーに相談すると、「かかりつけの医師に診断書を書いてもらって、新しくできる老人保健施設に入居しましょう」ということになった。ただし、新設の施設は8月にならないと入居できないので、それまでは別の老人保健施設に一時入居という扱いになるらしい。
老人保健施設は、高齢者のための医療設備の整った施設ではあるが、基本的に長く暮らす場所ではない。病状に改善が見られれば、別の場所を探さねばならない。
ただ、義母の病状には回復の兆しは見えない。認知症でかかりつけの医師からは「胃ろう」を薦められている。胃に穴を開け、人工栄養を直接注入するという方法だ。一方、胃がん治療の為に胃の全摘手術を行った病院では「胃ろうなんてとんでもない。胃を全摘している患者でもあるし、高齢者でもあるので、お薦めはできません。点滴での栄養補給がベストでしょう」とも言われている。
息子である夫に悩んでいる時間はなかった。医師からもグループホームからも即断を迫られていたからだ。夫婦で話し合った後、夫は「胃ろうはしない。点滴での栄養補給を受けられる老人保健施設を探す」という決断をした。いつ、義母の終末の時が来ても受け容れる覚悟と共に。
つい数ヶ月前のお正月、車椅子を押して義母の好きなうどん屋へ行き、義母と夫と娘と一緒に食事をした日が思い返される。胃ろうを拒否することが、義母にとって良いことなのか、良くないことなのか、誰にも分からない。そんな正解のない選択を、これまでも幾つかしてきた。これからもいくつもの選択が待っているのだろう。それでもその時にベストな選択ができるようにと、願わずにはいられない。
(ニュースレター40号/2012年8月)