理事長 村本邦子
「撫順の奇跡」は洗脳か?
今年の6月20日に撫順戦犯管理所がリニューアル・オープンしました。みなさんは、「撫順の奇跡」と言われるものをご存知でしょうか?敗戦後、969人の日本人が戦犯として、中国・撫順にある戦犯管理所に拘禁されました。そこでは、周恩来の「戦犯とても人間である。その人格を尊重せよ」という人道主義政策に基づき、6年の歳月をかけて反省と謝罪の機会が与えられました。強制労働がないばかりか、食事、運動、文化、学習などあらゆる面での保障がありました。「相手の文化を尊重せよ」という方針により、中国人たちが食べ物に困っている状況のなかで、収容者には白米が与えられ、お正月には餅さえあったと言います。
肉親や友人の多くを日本軍に殺された経験を持つ職員たちは、憎しみでいっぱいでしたが、「君たちが日本人を見捨てるなら、彼らはきっとまた新たな侵略者を続く世代に生み出すに違いない」「あと20年したらわかる」という周恩来に説得され、収容者を人道的に扱うという苦しい努力を続けました。最初は反発していた収容者たちも、次第に心を開き、自らの罪を懺悔するようになります。結果、収容者のほとんどが起訴を免除され、受刑者たちも死刑にされることなく全員帰国しています。職員と収容者との間には深い友情が生まれ、互いを「先生」と呼び合い、後に再会がかなった時、抱き合って泣いたそうです。帰国後、彼らは「中国帰還者連絡会」を結成し、証言活動を行ってきました。メンバーの高齢化と死により、現在は解散し、次世代が「撫順の奇跡を受け継ぐ会」として全国で活動を続けています。
これを「洗脳」であると言う人々がいます。しかしながら、人道主義と洗脳は相反するものです。洗脳の専門家である友人の服部雄一さんによれば、洗脳のテクニックには、たとえば、信者を細かい規則で縛り、恐怖心を与えてリーダーに絶対服従する習慣を作ること、外部世界から孤立した閉鎖集団を作り、権力が教祖に集中する上意下達の階層制度を形成することなどがあります。撫順で起こったこととは正反対ではないでしょうか?むしろ、かつての日本軍のあり方こそが洗脳であり、この名残は今なお日本社会の根底に巣くっているものであるように思えてなりません。
私たちはこれからどんな社会を作っていこうとしているのでしょうか?安心とつながりのコミュニティづくりには、苦しみを越え、人として互いに誠実に向き合い絆を深めていくことが不可欠なのだと思います。機会があれば、ぜひ撫順を訪れたいものです。
(ニュースレター32号/2010年8月)