理事 新 恵里
9月22日(月)、はじめの施設訪問は、英国の被害者支援団体、VS(Victim Support, ヴィクティム・サポート)であった。
VSは、1974年に最初のグループが設立されれて以来、30年近くの歴史をもつ英国最大の被害者支援組織である。現在は、北アイルランドを含めた350近くの事務所をもち、80箇所以上の刑事裁判所において活動しており、全英で働く有給スタッフは、1千名にのぼるといわれている。昨年、京都犯罪被害者支援センターで、VSが発行している「ボランティア志願者のための基本トレーニング・プログラム」の翻訳をさせていただいた関係で、VSとつながりの深いセンターから、ノーザンプトンのVS と、所長のグリニス・ブリス氏を紹介いただき、今回の訪問が実現した。
ノーザンプトンは、電車で1時間ほどのロンドン郊外にあるのだが、大幅に電車が遅れ、これは全行程ですでに当たり前のこととなり、郊外に出かけることが多かった今回の訪問で、何度も閉口することになった。
焦りながら到着した私たちを、ブリス氏は快く迎えてくださり、オフィスでの話をそこそこに、お願いしていた裁判所見学に向かった。
裁判所に入って、はじめに目についたのは、玄関横にある、被害者・証人のためのデスクである。ホテルのコンシェルジュのデスクのようなその場所は、すぐに被害者・証人を法廷や待合室などの目的地にスムーズにエスコートされるようになっている。
裁判所では、VSは、証人サービスWS(Witness Service, ウィットネス・サービス)の職員と協力して仕事をしている。裁判所では、WSの職員が私たちを出迎えてくれ、案内にしたがって後についていったが、中の廊下は、すべて関係者専用の扉から入る、一般人が往来しない別の廊下になっており、被害者や証人は、誰にも顔をあわさずに目的地に行けるようになっていた。
裁判所見学の大きな目的の一つは、法廷と別室をつないで、ビデオ画面で証言する、子どもの証人のためのビデオリンクシステムである。
日本では、2000年5月、いわゆる犯罪被害者保護法が可決されたのと同時に刑事訴訟法も改正され、そのなかに、この「ビデオリンクシステム」が導入された(改正後の刑事訴訟法第一五七条の四)。ビデオリンクシステムとは、法廷で証言をすることが苦痛な被害者のために、犯罪の種類(性犯罪など)や性質、被害者の年齢、心身の状態などを考慮して、認められた場合に別室で証言をすることができ、その様子をモニターテレビをとおして法廷とリンクさせるというシステムである。英国では、1980年代という比較的早くから導入されたが、子どもを保護するための制度として発足し、性犯罪を含めた成人にも適用されるようになったのは、ここ数年のことだという。その点、日本では、性犯罪の被害者の証人尋問が主に想定されきた経緯があり、成人にも適用されることや、最近では、証人尋問だけではなく、判決言い渡しを聞きたい遺族(しかし被告人の顔をみたくない場合)にも、ビデオリンクシステムが応用的に使われたことなど、互いに日英の違いなどのディスカッションに花が咲いた。
さっそく、証言をする別室をみせていただいたが、まず先にみえた部屋は、快適な待合室であった。おもちゃや絵本、ゲーム、ビデオなどが置かれ、壁には待合いの間に描いた子どもたちの絵が飾られている。手前にはテーブルセットがあり、紅茶やコーヒーで一息つけるような空間にもなっていた。
その待合室と隣り合わせにWSのオフィスがあり、さらにその隣が、法廷とリンクされた証言をする別室となっていた。
別室は、六畳ほどの小さな部屋で、奥にデスク上に設置されたテレビ画面にむかって椅子に座って証言するようになっており、手前には、付き添いの職員が座るソファもあった。部屋の上方角には、何気なく部屋の様子がわかる監視カメラ(これは裁判官が、証言する子どもに不正等を行っていないかなどをチェックするためのものである)が設置されているものの、テレビモニターの上には小さなぬいぐるみたちが置かれ、モニターに向かう子どもたちを見守るように対面しているし、全体的に寒々としたオフィスのような部屋ではなく、温かみのある雰囲気が感じられた。
米国での法廷を見慣れていた私が英国で初めて体験したものが、法廷で使うかつらと法衣(これは日本や米国の裁判官も着用するが)であった。噂には聞いていたが、あらためて実物をみせてもらい、着用までさせてもらった。一見、滑稽にさえ見えるかつらであるが、英国では、真実を追究し、公正さを求められる司法の場に真摯に向き合うための誓いのシンボルなのかもしれない。
さらに興味深かったのは、かつらの着用については、証人となる子どもの希望に応じられることであった。かつらは、裁判官の他に、バリスター(法廷弁護士)も着用するのであるが、見方によっては異様な光景となり、子どもがおびえる原因ともなる。そのため、VSは、あらかじめ子どもたちに、かつらや法衣をつけさせたりしてリラックスできるよう努めるのであるが、最終的に子どもがこわがったり、嫌がったりした場合は、一時的に裁判官、バリスターは着用しないとのことであった。
次に、実際の法廷を見学させていただいた。正面の裁判官席は、日本や米国と同じであるが、検察官席、バリスターの席は、相対するように向かい合うのではなく、左側と右側に、それぞれ並んで裁判官のほうを向く形で着席する。また、法廷で証言する証人の席は、向かって左側にある陪審員席のほうを向く形で、裁判官席横に設置されている。この証人席は、関係者扉から、職員専用席(傍聴席のような形で何席か用意されている)のブースを通って、証人席にたどりつけるようになっており、完全に一般傍聴席から分離されている。
法廷のしくみで目をひいたのが、裁判官と向き合う形で手前に設置されている被告人席で、透明のプラスチックで囲まれたブースになっており、完全に証人や一般傍聴席から完全に隔てられた形になっている。手をのばせば触れそうなぐらい被告人との距離が近いという苦痛や恐怖心が、かなり軽減されるのではと思った。
法廷では、ビデオリンクシステムを採用した場合、裁判官、検察官、バリスター、陪審員の席にそれぞれ小さなモニターが設置され、先ほどのWSの部屋から証言している様子が映し出される。別室の監視カメラも、それぞれのモニターも、裁判官がコントロールするということであった。
地方裁判所であるせいか、あまり数の多くない一般傍聴席をみながら、私は、日本では、被害者や遺族のために優先傍聴の制度ができたことを伝えながら(犯罪被害者保護法第二条)、英国では、傍聴席の確保について質問したが、特に定めはなく、希望があった場合アレンジはするが、希望どおりになるかどうかはわからないという回答であった。
裁判所の見学後、ブリス氏のご厚意で、英国料理のレストランに行き、夕食を楽しみながら、遅くまで会談をさせていただき、ノーザンプトンに一泊するという、充実した初日訪問であった。
米国の被害者支援を主に研究してきた私にとって、文献では知るものの、初めての英国援助団体の訪問であり、まさに、一見は百聞にしかずであった。国の違いこそあれ、同じ英米法体系であるせいか理解しやすく、またサービスの充実さがだす快適さや雰囲気は似通っているせいか、ともすれば米国にいた頃がなつかしく思い出されることが、何度もあった。
それに比して、利用者の立場にたったシステムとは言い難い日本の裁判所や、ようやく芽が出だした民間の援助団体を考えるとき、あらためて日本の被害者支援システムを確立することが、早急の課題であると痛感した。
(ニュースレター第6号/2004年2月)