活動会員 安田裕子
英国に到着した翌日の9月21日(日)、公的機関休館日を利用し、フロイトの縁の場所を訪れた。フロイトミュージーアムは、ロンドン市内、とある大通りから横道に入って石の階段をのぼった小高いところ、町の喧噪をまったく感じさせない高級住宅街の並びに位置する。フロイトが実際に住んでいた居宅を保存・公開したものであり、こぢんまりとした、高級感溢れる洒落た2階建ての建物だった。門から玄関までのアプローチには、彩り豊かに花が植えられていた。英国の典型的な左右対称・幾何学的な感じではなく、優しい雰囲気の漂う庭だった。建物の中には、フロイトが読んだ本、アンナ・フロイトに宛てた手紙、好んで飾った絵画や置物などが展示されており、精神分析の巨匠フロイトがとても身近な存在に感じられる、そんなひとときだった。
9月23日(火)は公営のソーシャルサービスの施設や警察署内の危機介入チーム等、4つの機関を訪問した。ここでは、子どもの福祉のために活動している民間団体NSPCCを紹介したい。ヴィクトリア王朝時代、英国は大いに栄えたが、子どもの福祉については非常に貧困な状態で、子どもの権利は動物以下だったという。NSPCCは1884年に設立され、現在180の支部をもつ。NSPCCの活動には、電話等による相談業務、広告やキャンペーンを通じた、一般の人々を対象とした虐待に関する認識向上の促進、ソーシャルワーカーへのトレーニング、子ども時代に虐待を受けた人々への支援等がある。
NSPCCは虐待とDVの関連に注目しているものの、現在、そのベースがどこにあるのかすら分からないということだった。しかし、アルコール中毒や薬物中毒等で分類してケアを行ったり、Women‘s Aidと連携して母親への心理的ケアを提供している。
さて、電話相談について、電話を実際にかけてくるのは大人が90%、子どもは10%である。年間18万4千件の電話があり、その70%に対応出来ているという。また、E-mailでも受付を行っているが、このサービスを始めることで子ども達の連絡件数が増えた。
フォーマットに書き込まれている場合、警察や病院に繋ぐ等迅速な対応が可能となっている。また、ニーズを分類してデーターベースを作成し、NSPCCの関連機関や他の支援組織等適切な機関に繋ぐようにしているということだった。ボランティア研修については3日間で、法的義務、ストレスを受けた人への対応の仕方、カウンセリングの方法の3点について行っているが、日数や内容に関しては今後の課題であるという。ボランティアの育成が、サービス提供の質にとって重要な課題であるのは、日本も英国も同様であると改めて感じた。
9月24日(水)には、ロンドン郊外のアイルズベリーのFamily CenterとBuckinghamshire County Council(市役所)を訪問した。ファミリーセンターは1978年、家族が一緒に暮らせるようにということを目的に掲げ、12歳までの子どものための施設として設立された。通常、午前9時から午後5時まで開いているが、子どもへの両親の接し方や家事の仕方等を指導するために、週末に家庭に訪問することが多いという。安心感をもって幸せを感じることができること、人種差別なく多様性を認めることを順守して活動している。
数種のアセスメントを行っているが、3年前に機関間で連関して行うコアアセスメントを導入した。活動内容としては、子どもに対して、危険な人からの身の守り方や交通安全教育、自信を持てるような援助、ライフストーリーブックを通じて養子にいく子どもに現実を理解できるようにすること、虐待児をアイデンティファイするデスクロージャーワーク、親の自信や自意識を高めたり、怒りのコントロールをするポジティブワーク、子どもへの接し方・子どもとの遊び方等、多様な支援を行っている。また、地方の小学校における母親教育等のローカルな実践により、母親に笑顔が増え、母親同士の情報交換が可能となり、結果、子ども達にも良い影響をもたらしているということだった。但し、施設内外におけるプライバシーの保護の問題や、交通アクセスが不便な為サービスやアウトリーチが行き届かない等、今後検討すべき課題を抱えているという。
さて、市役所では、養子縁組のシステムや戦略構築に6年間関わり、身体的、精神的、性的に虐待を受けている子どもを保護し、養子縁組に引き継ぐ仕事をしているビル氏よりお話を伺った。
養子縁組に関して、現在270名の子どもが対象になっているが、問題点としては、フォスターケアラーの獲得が困難なことであるという。里親リクルートの基準は、子どもの安全を確保できる家庭であることや、ダメージを受けた子どもをケアできることであり、里親の年齢については上限下限とも制限はないが、結果として、年齢の高い人が多くなっている。また、シングルの里親も認められており、現在、シングルの里親男性は1人存在し、3人の子どもを養育しているとのことだった。里親はボランティアであるが、子ども1人1人についている手当を養育にあてることはできるという。子どもに関して、虐待を受けた/受けていないという基準では分けておらず、アセスメントでは、虐待を受けた子どもを引き取る可能性を認識させるようにしている。それにしても、親に虐待されていた子どもと、子どもを養育したい人を養子縁組という形で繋ぐ発想には、非常に斬新さを感じた。
このように、DVや子どもの虐待に関わる種々の支援機関を訪れ、各機関で行われている独自の実践について興味深い報告を聞き、非常に刺激的な時を過ごすことができた。こうした英国の取り組みを参考にしつつ、日本の実情にあった支援を検討する必要があるのだろうと痛感した。興奮が冷めないままに、ついに英国滞在の最終日を迎えることとなった。
(ニュースレター第7号/2004年5月)